歩く_草花_想う by tadashian

健康のためノルディックウォーキングに励むシニア、如何にして就業寿命を伸ばすか考える毎日と雑感

「劣化するオッサン社会の処方箋」を読んで_その弐

こんにちは、ただっしゃん(@tadashian1)です。

 

***毎朝のノルディックウォーキングで、すれ違うランナー・ウォーカーが少なくなったような気がして・・・そして、サザエさんを観てなんかほっとする今日この頃です。***

 

前回「劣化するオッサン社会の処方箋」のまとめを記しました。
①組織のトップは世代交代を経るごとに劣化する
②オッサンは尊重すべきだという幻想を捨てよう
③オピニオンとエグジットを活用してオッサンに圧力をかけよう
④美意識と知的戦闘力を高めてモビリティを獲得しょう
 

 このそれぞれの項目に対してもう少し掘り下げたいということと、オッサンに向けてのエールを・・・と思い、続きを記しました。お付き合いください。

①組織のトップは世代交代を経るごとに劣化する

 企業を起業して、成長させるのは一流の人材しかできないことですが、組織が成長して人員が増加すればするほど、採用のエラーや人材の枯渇等で三流の人材が増えることになります。そのうえでさらに二流の人は一流の人を見抜けますが、三流の人は一流の人間を見抜けず、二流の人間は一流にコンプレックスを抱いたいてこれを疎んじます。そのため、一度でも二流の人材がトップにつけば、以降、その組織のトップに一流が付くことなく、人材のクオリティは世代交代を繰り返すたびに三流の平均値へと収斂していくことになるをしています。ここに関しては、人材のなにをもって一流・二流・三流とするのか、曖昧な部分があるなと、私は思っています。

 組織の人材クオリティが、世代交代を経るごとにエントロピー増大(統計力学においる「乱雑さ」:私なりに解釈すると、三流の増大)の影響を受けて三流の平均値に収斂します。つまり、長く続いる大企業であればあるほど、リーダーシップのクオリティが劣化している可能性が高い、としています。これは私も同感です。

 これに関する興味深いトピックが2018年6月、1896年の開始以来、ダウ平均株価の構成銘柄であり続けた最後の企業であるGE(ゼネラルエレクトリック:あのエジソンが祖の企業)が外れたことの話題を上げています。現象面だけをみれば、100年以上「代表的な企業」であり続けることは不可能だとの証明だとしています。

 

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<a href="https://www.photo-ac.com/profile/400165">Dunhill</a>さんによる<a href="https://www.photo-ac.com/">写真AC</a>からの写真

②オッサンは尊重すべきだという幻想を捨てよう

 かつて人類は「何百年もの間、ライフスタイルがほとんど変わらない」時代を過ごしてきました。このような時期は、オッサンたちが有する過去の経験や知識は、コミュニティや組織の存続にはとても貴重であり、「長く生きている」人々が尊重されたのも合理的であったといえます。

 しかし、現代のように環境変化が早く、過去の知識や経験が陳腐化が進む時代にあっては「長く生きている」ことの価値は低下していきます。それどころか「昔取った杵柄」よろしく、不良債権化した知識や経験を振りかざすとむしろ「老害」をなす存在になる、と言っています。

 そのような「権力だけは与えられたけれども、まともな知性を育んでこなかった」オッサンたちが、この国の各所のポジションにしがみつき、配下の中堅・若手を振り回して彼らの人生を無為に消耗させています。だから、単に年長者だからという理由だけで、その人を尊敬し、彼らの意見や行動に対しておもねって従う理由はないとしています。私もそう思います。

 重要なのは、その人の意見や行動が、自分の判断基準に照らして「真・善・美」であるかどうかであり、そうでないのであれば、恭順する必要はないとしています。

 

③オピニオンとエグジットを活用してオッサンに圧力をかけよう

 劣化したオッサンがここまで大量に出現した最大の理由は、部下からのフィードバックがなかったことだとしています。私はこれは単純に団塊の世代の絶対数の多さもあると思います。

 そのフィードバックには相手がおかしい、間違っていると思った時はそれを声に出して意見するオピニオンが大事としています。またもう一つはその場から退出すること、エグジットも手段のひとつとしています。

 著書は一連の不祥事を起こした企業に身を置きながら、オピニオンもエグジットもせず、ただ、ダラダラとその日の糧を得ているということは、これらの不祥事に自分も加担している。それらを主導した権力者をも支持しているということに他ならない、と言い放っています。これは私には少し耳に痛い感じです。定年までその日その日をやり過ごすだけで精いっぱいだったのです。(完全な言い訳です・・・)

 

④美意識と知的戦闘力を高めてモビリティを獲得しょう

 そのような状態を避けるには「モビリティ」が必要だとしています。つまり、どこでも生きられる、誰とでも働けるという自信が、オピニオンとエグジットの活用へとつながり、これが権力を牽制する力となるとしています。

 モビリティを高めるためには、「会社以外で通用するスキル」と「会社の外に開かれたネットワーク」が重要だとしています。これは私も大いに賛成です。

 この2つを獲得して、育てるには「良質な仕事体験」と「社外での活動」となります。社外でも通用するようなスキルや知識の獲得は、良質な業務体験と良質なコーチングによってなされます。その人の信用というのは、ストレスのかかる状況下で、そのような判断や言動をとるかを観察しなければ生まれません。「ストレスのかかった状態」というのは、やはり仕事を通じてしかえられない、としています。私の拙い経験からもその通りだと思います。

 

  さんざん「オッサン」をディスってきた本書ですが、最後に「オッサン」にエールを送っています。なぜなら、オッサンが輝いていない社会は暗いものにならざるを得ないとしています。

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<a href="https://www.photo-ac.com/profile/532646">紺色らいおん</a>さんによる<a href="https://www.photo-ac.com/">写真AC</a>からの写真

 人生が100年になんなんとする時代にあって、壮年から老年にかけての時期が素晴らしいものでないとしたら、私たちの人生はとても暗いものになってしまいます。だから、社会的意義として「オッサンは輝かなくてはいけない」と筆者は述べています。

 では、どうすれば輝けるのか、その一つとして、サーバントリーダーシップ(部下の奉仕を心がけるリーダーシップ)の発揮と学び直しによる自分自身の社会的位置づけをパラダイムシフトすることを著者は挙げています。まさに自分が思っていることそのものです。

 なにかをやりたいやりたいといつも言っているくせに、結局何も始めない人に共通しているのが「もう遅すぎる」という言い訳です。なにかを始めるのに遅すぎるということはあり得ません。これは私も強調して、協調したいと思います。

 

 著者は最後に、年をとっただけで「老いる」ということはありません。つまり、「オッサン」というのは、好奇心を失い、謙虚さも失い、驚きながら学び続けるという姿勢を失ってしまった人たちの事を言う、としています。

 

 「劣化するオッサン社会の処方箋」は私たち一人ひとりが謙虚な気持ちで新しいモノゴトを積極的に学び続ける、ということ、私もこれに尽きると思います。